2012年01月13日

「我」の意識 (2011シーズンの清水エスパルスについて)


 ブログのみを読んでいただいている方、ご無沙汰しております。そして、あけましておめでとうございます。
 決して、ブログを完全に閉鎖したつもりはありませんでした。しかし、いろいろやることがあり、疎かになっていました。シーズンが終わった頃に一度更新しようと思っておりましたが、年が明け、早くも新体制発表の時期に…。
 しかし、いつまでもツイッターだけやっているのも良くないと感じており、少しずつブログを再開させようと思っています。その一発目として、昨季のエスパルスについて振り返ることにしました。

 とはいえ、個人的な話からさせて下さい(読み飛ばしてもらって結構な内容ですが)。そもそも昨年の元日の試合レポを1ヶ月後に更新してから、1年間それをお休みしていました。本来ならば「出直し」となったシーズンこそ、そういうことを続けないといけないと思っていましたが、個人的な都合がそれを許さなかったというのは心苦しいです。現地でエスパルスを応援した回数も減ってしまいました。クラブに貢献する機会は多々あるとはいえ、なかなかサポートし切れないことで、いろいろと心も揺れ動いていました。このクラブに対するスタンスを見つめ直すきっかけというか…私はこのクラブをどう思っているのか、悩んだことも多かったです。その度に色々な方々に助けていただきました。この場を借りて感謝申し上げます。
 そういう中でも、空いた時間を見つけてはエスパルスの試合はチェックし続けていました。最終的にはほぼ全試合観ました。そして、最後の公式戦となった天皇杯準々決勝・C大阪戦を今日観終わったところです。

 最終的にリーグ戦では、11勝12分け11敗の勝点45で10位。震災の影響で大会方式が変更されたナビスコ杯は2回戦敗退、そして天皇杯は準々決勝で敗退となりました。2002年の元日に天皇杯を制してからというもの、国内の大会では10年間タイトルなしという結果です。この結果をどう取るか。様々な意見があるでしょう。苦しいシーズンになるという大方の予想を考えれば、よくやったという声が出るのも分かりますし、リーグ戦では5年続けて1桁順位だったチームが2桁順位に落ちたことで、何やってるんだという声が出るのもおかしくないと思います。それに、あまり触れられないようですが、成績による賞金を1円も手にできなかったことも、見逃せない事実でしょう。

 常にいろんな意見が出て当たり前の世界ですが、2011シーズンのエスパルスを振り返ると、「この状況をどう評価すればいいのか」という点で、迷いやもどかしさを感じた方が多いのではないかと、勝手に想像しています。6年間続いた長谷川体制から、新たにスタートしたゴトビ体制。それによっていろいろなことが変わりました。これだけ劇的に様々なものが変わることは、そうはないでしょう。ですから、生みの苦しみというのは当然あります。しかし、だからといって「負けていい」試合はない。これは持論でもありますが…すべての試合を貪欲に勝ちにいくのは、プロとして当然のことです。2010シーズンにずっと掲げられていた「貪欲清水」の4文字は、続けていかなければならない最低限のことでもあるのです(もちろん、裏でマネジメントするのも必要なことですが)。

 そこを基準に考えると、私はこのシーズンを「よく頑張った」と評価したくない。多くの方は、我慢のシーズンととらえていたと思いますし、私もその一人だったことは認めます。そもそも、前体制で大勝負を仕掛けて、それに負けた以上、一旦引き下がらないといけなかったのは間違いなく、この1年が先につながると信じているからこそというのも、共通の想いでしょう。しかし、この我慢がその先につながるという確証もないわけです。現に、試行錯誤を繰り返しながら、優勝できないまま10年が経ちました。また同じサイクルにしないためにも、常に高いところを目指さないといけない。この部分で相当なジレンマを抱えていました。クラブの財政事情を考えても、昨年度が赤字だったように、もう数年先まで待っていられるような状況ではありません。結果を出さなければ、それだけ苦しくなっていきます。ギリギリのところでやっている。ならば、全員で頑張るしかない。それを、エスパルスに関わる人々が「共有」できるかどうかに掛かっているのではないか。そこまで思ってしまいます。

 では、具体的にサッカーのスタイルはどうなったのか。前体制の最終年に取り組んだ攻撃的なスタイルをさらに発展させるというイメージを、クラブは持っていたと思います。ゴトビ監督がそれに従ったのか、あるいは監督が明確に持ち込んできたものなのか、そこは検証が必要ですが(あくまでもクラブ主導であって欲しい)、徐々に目指す方向性は見えてきたのではないかと考えます。
 例えば、苦しい状況の時にはラフにロングボールを蹴ることが多いチームでした。前体制では執拗に相手の背後を狙うことで、それを否定せずという形を取っていたと思いますが、現在では低い位置でもよくつなぐようになりました。結果としてボールを奪われて速攻を許す場面もありますが、辛抱強く続けたことでつなげるようにはなってきた。これは、目指す方向性の一端を示すものでしょう。

 また、このチームは個人で仕掛ける意識が低いと感じることが多かったのですが、徐々に変わってきています。ボランチの枚数こそ変化させていたとはいえ、ほとんどの試合を4-3-3で戦い抜いたことも一因でしょう。ゴトビ監督は「このチームに合っている」という理由で採用しているようですが、当初はウイングが「サイドに張るように」指示を受けていたのを正直に取ったため、なかなか機能しませんでした。しかし、大前 元紀は「我」を出すようになりました。もしかしたらコーチに言われたのかもしれませんが、プレーをしていくうちに「動き回っていい」ことに気付いた。右サイドに定着しましたが、その位置だけをアップダウンしていた時とはまるで違う。今では真ん中でボールを受けたりしながら、自信を持ってあちこちに動き回り、ボールを持てばどんどん仕掛けています。

 高木 俊幸もそうでしょう。入りたての頃から自分のスタイルで勝負していたのは好感が持てました。ただ、レベルの違いもあってなかなか結果が出ず、それにつれて調子も落としてしまいました。しかし、監督やコーチのアドバイスも合わせつつ、でも自分の形を忘れずに取り組んだ結果が、天皇杯準々決勝・C大阪戦の同点ゴールにつながった。あのゴールは2011シーズンの中では最もうまくハマったゴールではなかったか。成長を実感できるものでした。

 山本 海人も挙げておきます。5月の神戸戦で5失点し、それ以降出場機会を得られずにいました。移籍の噂もありながら、残留してこのシーズンにかけていた。それが、碓井にポジションを取られてしまうという屈辱を味わうことになりました。それでも、現在のパフォーマンスを見れば、以前のようなひ弱さは見られません。ハーフナー ディドコーチが来たことが大きな要因かもしれませんが、三保では相当激しいトレーニングを積んでいると聞きます。過去の比ではないと。明らかに体がキレていますし、反応も速くなりました。キックも上達していますし、メンタルの部分で改善が見られます。失点して口をあんぐりしていた時とは大違いです。危険な場面をよくしのいでいますし、代表に選ばれたのもうなずけるものです。
 
 生みの苦しみというのは、新しい人間が多く入ってくれば、それだけ考え方をすり合わせるのにも時間が掛かり、それをアウトプットするのにもさらに時間を要するということ。前体制の時は、首脳陣がしつこくいろんなことを指示してそれに従うというパターンが多かったですが、そこから一皮むけてもらいたい選手が大勢いました。外国籍の監督を招聘すれば、当然そういうパターンは減り、個人個人に任せる場面は増えるわけです。遠藤通訳が「考えろ考えろ!」と三保で言っている映像を見たことがありますが、そこの成長を求めていた。あくまでもピッチ上でプレーするのは選手ですから、選手が考えて実行することには何の問題もない、というよりそうあるべき。大前や高木を例として出しましたが、この取り組みによって「個」が伸びた選手がいるのは事実だと思っています。

 しかし一方では、未だに「我」を出せない選手が大勢います。プロ選手として、それはどうなんだという発言もありました。「監督(コーチ)が言ったからこうした」ではなく、「監督(コーチ)はこう言ったけど、自分はこう思うからこうした」と言えるようになってもらわなければ、本当の意味で強いチームにはならないと思っています。監督はマスコミに対してそういう話をあまりしないようですが、実際はそう思ってるのではないかと。
 昨夏にカルフィン ヨン ア ピンとフレドリック ユングベリの2人を獲得したのも、不足しているポジションの穴埋めはもちろん、「世界でプレーする選手はこうあるものだ」という姿勢を選手に盗んでもらいたい側面があったはずです。果たして、どれだけの選手が彼らに「追い付こう、追い抜こう」と本気で思ったでしょうか。

 いろいろ言ってきましたが、ゴトビ監督が天皇杯準々決勝後の会見で「完璧な基盤・基礎というものを作れた」と語っているように、完璧かどうかはともかく1年間辛抱して作り上げたものは存在します。これについても疑問を呈す方が決して少なくないように感じられますね。あまり抽象的な言葉は使いたくないのですが、分かりやすいでしょうから用いますと、「人もボールも動く」とか「組織的に」とか「個人で上回れない部分を複数で」というような、日本人に合っているとされるサッカーを清水がやっているのかというと、ほとんどやれていないと思います。はっきり言ってしまえば、個人の能力で上回って勝とうとしているところは多々ある。「だから結果が伴わない」という意見もあるでしょう。

 では、そういうスタイルではダメなのかといったら、私はそうも言えないと思います。例えば、あれだけ強力な選手を抱える名古屋が、組織にばかりとらわれるのは非効率です。だって、個で上回って勝てるわけですから。清水も上回れるのであれば、そうすればいいということです。そのためにはクラブの財政的な問題や、選手のコンディション維持の問題に関わってきますが、ゴトビ監督のコネクションを有効に活用しながら、外国籍枠をフルに使ったことからしても、可能性がないわけではない。若手の成長も然りです。

 例えば、確実に2011シーズンのベストゲームといえるだろう名古屋戦(ホームゲーム)は、小野とユングベリが初共演したということで話題になりましたが、そういった選手たちの個と、コンパクトに整備された組織が見事に融合しての快勝でした。名古屋には強力な個が欠けていましたから、その点の差し引きは必要でしょうが、あの内容ならばどこにでも対抗できると言えるものでした。そのような試合を続けることができないままだったのは課題です。でも、以前は組織ばかりで勝とうとしていたチームが、個の重要性を感じたのかは定かでなくとも押し出すようになったのは、決して悪いことではない。次のステップは、サンプルになる名古屋戦のようなサッカーをコンスタントに表現できるようになることです。そのためには、試合ごとや時間ごとに波のある「組織」を熟成させていくことと、才能豊かな「個」をさらに伸ばすこと、両輪でなければならない。理想的な内容で勝ち続けるのは困難な作業ですから、「個で勝てない」から「個でも勝てる」ようになるのは、むしろ歓迎すべきことだと思っています。

 だからこそ、選手たちにはもっと「自分」を押し出してもらいたいです。人任せなプレーをするのではなく、中途半端に縮こまることなく、チームに自ら貢献しようとする姿勢を前面に出して、指示を守るだけでなく自ら考えて、チームを引っ張って欲しいと思います。今回、新たに加入する選手たちには、変に清水の伝統に染まらないでもらいたいです(決して清水のことを悪く言っているわけではなく、ゴトビ監督の言う「悪い風習を変える」というのと同じ意味です)。

 2012シーズンは、他クラブの動向を見る限り、どちらにも転び得るシーズンだと考えています。積み上げたものにプラスした力を発揮できれば、さらに上を狙えるでしょうが、あまり進歩のない状態で戦えば、下に足を突っ込まないとも言い切れません。しかし、自分たちとの戦いも待っているわけですから、まずは地に足をつけて戦いたい。目指すのはトップ。当たり前です。当たり前でなければならない。そこから始めなければならないのは大変ですが、でもそうならなければ到達できないと思います。

 私としても、試合レポを復活させられるか分からない状況ではありますが、昨年の反省を踏まえてできる限りクラブをサポートできるよう、努めてまいります。
23:11更新 | コメント(6) | トラックバック(1) | カテゴリ:エスパルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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